1日目 メテペック メキシコシティ

メキシコ

メキシコシティ国際空港→メテペック→メキシコシティ(ホテル)

Metepec(メテペック)

メキシコシティから西へ約60㎞。焼き物などの職人が多い町。
2012年に、メキシコ政府からプエブロ・マヒコ(魔法村)に選出。

約13時間かけて、メキシコシティに到着。
直行便だったので、ピーンとしてた以外はぼんやり座ってれば到着。乗り継ぎストレスなし(別のストレスはすごかったが)。

昼過ぎ14時過ぎくらいに到着。そのまま羊のようにツアーバスに乗せられる。
どこに行くのか把握しておらず、バスの中で確認。

・・・!!!魔法村だってよ!政府公認だってよ!
やはり本場?はレベルが違う。期待が持てる。

カルバリオ礼拝堂(Capilla del Calvario )

メテペック中心部に位置し、隣接するサン・ファン・バウティスタ教会とともにランドマークとなっている。

死者の日(11月1日~2日)には、最大級の大きさのの祭壇(オフレンダ)がおかれる。

カルバリオ教会は、イエス・キリストが十字架にかけられた、ゴルゴタの丘(ラテン語でCalvario)を記念する教会。主にラテンアメリカ地域でみられる。

教会は丘の上に建っている。カルバリオ教会は、丘の上に建てるものなんだろう。
教会に上る長い階段が巨大なオフレンダになるらしい。
10月29日に行ったので、まだ完成していなかった。
だが、地元の方が大勢で飾り付けをしていて、その様子を見られるのも貴重な体験だった。
たくさんの人々が、生花!を置いて行って絵を作っており、裸のガイコツたちも、花のドレスを着たくてうずうずしていた。
祭りや遠足は、準備の段階から楽しいのは、メキシコも日本も同じようだ。

ひぃひぃ言いつつ祭壇階段の脇の階段を上る。
教会の足元から見る景色はやはり綺麗だった。
上から見た感じでは、お土産屋さんも結構ありそうだし、ごはん食べるところもありそう。


地元の方、飾り物のマリーゴールドをくれたり、すごくフレンドリーだった。

ガイコツたくさん。この時点では、まだガイコツにちょっと引き気味。
だが、この後、だんだんとガイコツと骨に夢中になっていくのである。魔法にかけられつつある。

カラフルな旗は、死者の日のデコレーションの定番のよう。
この先もあちこちで見かける。カラフルでバリエーションもあって、お安い。
自宅の天井いっぱいに飾りたくなって、必死で買うのを耐えることになることを、この時はまだ知らなかった。

旅の間、基本的に、メキシコの方はフレンドリーだった。
話しかけたら、ちゃんと会話をしようとしてくれる方ばかりだった。

この時点で、一生の100倍くらいのマリーゴールドを見て、メキシコの印象もかなり良くなる。

生命の樹

粘土を手作業で精密に成形し、焼き上げた後、鮮やかな絵付けをした工芸品。

元来、教会で使われる燭台(キャンドルホルダー)から発展したため、現在でもキャンドルホルダーの形状をしているものが多い。

旧約聖書の「創世記」を題材とし、中央に幹、周囲にアダムとイブ、蛇、天使、花や鳥を配置するのが伝統的なデザイン。
近年では、ガイコツや日常生活をテーマにしたデザインもある。

結婚祝いとして贈られ、子宝や繁栄の象徴とされていた。

カルバリオ教会の隣の劇場で、生命の樹を発見。
お土産とか結婚祝いと聞いていたが、思ってもみない巨大さだった。
陶器だし、かなり重いのではないか。これは土産にはできない。

でも、安心してください。持って帰れますよ!
メキシコのお土産やさん、あちこちで、小さい生命の樹があった。
デザインがいろいろで、今回は運命の樹に出会わなかったので、同伴しなかったが、
もし出会ってしまったら、即座にゲットすべき。
でも、多分、メテペックが一番本物(海外で作った安物もある)に出会えるのだろう。

メキシコと人魚

メキシコの人魚は、基本的に出会えればラッキーな幸運のシンボルらしい。
ギターを抱えた人魚のモチーフも多く、故郷に帰れない自分を慰めているという話もあるとのこと。
メキシコの川や海にいる、マナティが人魚のモデルともいわれる。

メテペックの工芸品にも、生命の樹の他に、人魚のモチーフが伝統的に使われているとのこと。

オアハカ人形もそうだったが、メキシコは本当に工芸品が素晴らしい。
一期一会で、見逃してしまうと、もう一生出会えないのだ。

私は、この時点では何も知らない。ホゲー、すげー、生命じゃん、人魚KAWAII~ね☆魔法で作ったん?
え?手作り?変態じゃん、などぼんやり眺めるので精いっぱいだった。
(でも、写真は撮ったった!)

ホテル

メキシコシティ中心部のライラホテルに宿泊。
特に問題なく、快適なホテル。とにかく紫色だったのが衝撃的だったが、良い目印になった。
レフォルマ通り、独立記念塔に近かった。
レフォルマ通り、すでに死者の日の飾り付けが盛り上がっており、夜の外出は控えるように言われてはいたが、絶対に旅の間に行ってやろうと決意を固めた夜。

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