2025年11月1日。
死者の日がいよいよ始まった。
死者の日、本番に、本拠地、ハニツィオ島に乗り込んだら、この世の最後を覚悟した話。
ハニツィオ島とは
メキシコ・ミチョアカン州のパツクアロ湖に浮かぶ島。
「死者の日」(11月1日〜2日)には、
最も伝統的かつ幻想的な祭りが行われる。
マリーゴールドとろうそくの灯りで死者を迎え、
島の墓地では、夜を通して死者と交流する美しい光景が見られる。
ピクサー映画「リメンバー・ミー」(2017年)のモデルの一つともいわれている。
オアハカから、大移動~世界中の人々も、大移動
朝6時前にホテルを出発。
朝ご飯は、ランチボックスにしてくれた。
サンドイッチが、美味しかった記憶がある。
オアハカ空港から、8:27分発の、アエロメヒコ1049便で再びメキシコシティへ。

メキシコシティでは、乗り継ぎにやや時間あり。
最終日のお土産リサーチも兼ねて、ウロウロ。

回転すしらしきものを見つける。
店名は『いわし』。
日本人からすると、ちょっと不思議。

カッコ良い、死者の日のポスター?
11:35のアエロメヒコ2026便で、モレリア空港に到着。
ここまでは、確か、あまり遅延もなく順調。
その後、ハニツィオ島のある、パックアロへ向かう。
序盤は順調に進んでいたが、途中で、また事故。
事故したてだったようで、しばらく動かず。
多分、1時間くらいロス。
再び動き始めて、まぁ、順調な範囲内(前々日のオアハカと比べて)。
と思っていると、
パックアロ湖らしきものが、遠くに見えてくる。
そこから、まぁ、ものすごい渋滞
メモを残してないので不確かだが、
10分くらいで行ける道を、4時間くらいかかったくらいの渋滞。
いつホテルに到着するか分からない。
リメンバーミー以降、年々、観光客が増えてきて、
その年の人出が全く予測できない。
船のチケットをとりあえず、先に押さえる、と、
現地ガイドがバスを降りる。
これは、ハニツィオ島に渡れないかもしれないな、と、
うっすら覚悟する。
予定では、昼過ぎにハニツィオ島について、
18:00~22:00にホテルに戻るスケジュール。
多分、パックアロのホテルに着いた時点で、18:00過ぎてたような気がするが、何とか到着。
ハニツィオ島へ~
ひとまずホテルで荷物を置き、夕食。
バイキング形式。
船のチケットを買いに行った、ガイドを待つ。
人数分をゲットしてきてくれる。
帰りは、バイクをヒッチハイクして急いで戻ってきてくれた。
ガイドって、大変な仕事。
車だと、港までまた何時間もかかるので、
歩いて港に向かう。
30分くらい歩いて、港に到着。
ありえないことだが、
印象としては、港を一周してるんじゃないかと思うくらい、
果てしない乗船待ちの列。
列の最後尾が分からない、絶望。
など思っていたが、
この絶望的な列は、個人観光客の列とのこと(多分)。
私たちは、また別の乗り場の船だと教えてもらう。
ガイドも、死者の日のハニツィオ島は初めてらしく、
あちこちの人に声をかけつつ、案内してくれる。
まぁ、日本だったら、ガイドなんだから事前に調べろよ、と思うところ。
ただ、海外、とくにラテン系の国は、事前情報が少ないうえに、現地に行ってみると、全く事前情報と違うことが多々ある。
同じ店や会社の職員でも、人によって、言うことが全く違うし。
こういう時、個人だと、本当にストレス。
ガイドは辛いだろうが、殆ど任せきりにできる分、だいぶん気が楽。
ガイドは大変な仕事である。

個人客の列から離れて、10分足らず、歩く。
小さなショッピングモール?のある港に着く。
並んではいるが、絶望的な列ではない。

大人しく並びつつ、
前にいたメキシコのおじさんの、ウォッカ芸を見る。
ウォッカ、一気飲みできるぜ、みたいな感じで、自前のウォッカを飲んでくれた。
カワイイおじさんだった。
あとは、ここに暮らしてる?
テントの家族の少年や、犬が遊ぶのを眺める。
意外とすぐ(30分は経ってない?)に順番が来る。
船は結構大きくて、全員が乗船できる。
貸し切りではなく、混載船。

もう夕暮れ。
だんだんと暗くなる、パックアロ湖を眺める。
この日は、ここまで、朝4時くらいに起きて、ひたすら何かに並んでいる。
向こうに、なにやら明るい島が見えてくる。
だんだんと大きくなる。
周りの湖は真っ暗な中、ハニツィオ島だけライトアップされて、
本当に彼岸に渡る船に乗っているよう。
まぁ、これから本当に命の危機に遭遇するのだが、
この時は知らないので、夕暮れと相まって、ちょっとおセンチになる。

近づいてくると、島の中央に巨大な石像がある。
あれは展望台になっているらしい。
ああいうのを上るのは好きだ。
墓地など見た後、登ってやろう。
など、後から考えると、本当にのんきなことを思う。
実際には、写真の石像の下の塔、あの辺でおしくらまんじゅうして、戻ってきただけである。
ついに、ハニツィオ島に上陸!
石像のパンツが見えそうな角度になったころ、
ついにハニツィオ島に到着した。
港には人と船がたくさん。
とはいえ、人とぶつからずに歩けるので、
そんなに大した人出ではないな、と思う。

ガイドから説明。
地図も渡される。
墓地までガイドするので、希望者はついてきて。
ただし、人がどれくらいか予測できない。
はぐれたりするだろうから、と、集合時間と場所の説明をされる。
まぁ、墓地はいかないといけないので、
(今回の旅の一番の目的地)
ガイドについていくことにする。

島の中央に向かって階段を上り、あとはぐるぐる回って、
時々階段を上る。

だんだんと人が増えてくる。
中央に向かっているのだろう。
ガイドも道が分からないようで、時々、現地の人に尋ねたりして進む。
教会にたどり着く。

ここまでは、人は多いが、まぁ順調。
夏休みの清水寺程度の人出。
ここから、本当にすぐ、多分、普段なら徒歩2~3分で墓地に到着である。
まぁ、墓地を見て、十分に石像にも登れるな、などのんきに思う。

地図の、♡の港について、黄色い道を進んで、☆にたどり着いたところ。
☆の近くの、木のようなマークが、目的地の墓地。
普段は、多分港からまっすぐ行けるが、
教会を回り込む形で移動(封鎖されてた?)。
今から、☆と☆の間の、ほんの少しの赤い道に突撃する。
ハニツィオ島で召されかける~オーバーツーリズムの洗礼
あとは、まっすぐ歩くだけなのだが、
急に進まなくなる。
ちょっと混んでるみたいだね~、とのことだが、これ、ちょっとか?など思いつつ、
そのままガイドについていく。
墓地が、20時(時間は違うかも)にならないと開かないみたい、と。
その時点で、あと30分以上まつ時間だったと思う。
それなら、先に塔に行こうか、とも思う。
しかし、その時点で、続々と後ろから人が集まって引き返せなくなっていた。
とはいえ、まっすぐの道だし、墓地はこの道から行く、など現地の人も言っていた様子だったし、
まぁ、開けば進めるだろう、と思う。
しかし、徐々に後ろから押され始めて、
あっという間に昭和の出勤時間の山手線になる。
(押し屋が無理やり電車に人を詰め込む)

まっすぐなのに、なぜ人が増えていくのか分からない。
少し進むと、上から降りてくる階段がある。
そこからも続々と人が投入されている。
全く交通整理がされていないことに気がつく(遅い)。
警備員らしき人がいるが、なぜか無言で足元を懐中電灯で照らしている。
なんだそれ、なんの役に立つんだ。
こういう、イベントの導線整理は、日本人にやらせろ!
へたくそにもほどがある!
など、悪態?をつく。

上から、愚かな人間たちを天使?が見下ろしていた。
混雑ぶりを、ぜひ、360カメラに収めたいが、
もう、手を上に上げられない。
前には行けないはずなのに、時々、人の波が発生して、
思わぬ方向に流される。
韓国の将棋倒しの事故って、これだな、と思うが、もはやどうしようもない。
もう、あとは運を祈るしかない。
端っこの、圧死しにくそうな位置を意識的にとっていたが、
波に流されて中の方に押しやられ、半ば命はあきらめる。
近くの、小さいおばあちゃんが、人に埋もれて息ができないと叫んでいる。
手が届いたので、何とか保護する。
私はでかいので、頭は出るが、実際、何度も胸部は圧迫されて息は止まる。
背が低い人は、より危険だろう。
まぁ、でかくても同じく危険なのだが。
この時点で、ガイドは見つけられなくなる。
何とか、近くにいる仲間達と声を掛け合って、固まることにする。
ラテン系たちが、しびれを切らす。
早く開けろ!!開けろ!と叫び始める。
おもしろいもので、完全に声がそろって大合唱。
なんだこれ、国歌斉唱か?
苦しさもあって、ぼんやりする。
だが、おばあちゃんを墓地まで保護しないといけない。
やる気がでる。
助けることで助けられているというが、こういうことか、と身に染みる。
ラテン系たちが、大声で何度か叫び、
あろうことか、わっしょいわっしょい、掛け声をあげつつ、一斉に後ろから押してくる。
押しながら、大笑いする。
開けろ!、わっしょいわっしょい、どぅわははは・・・。
無限ループが始まる。
本当に怖い。
今、生きているかどうか自信がなくなる。
遊び感覚で楽しんでいるのだろう。
将棋倒しのリスクなど、頭にはないのだろう。
足元を、ぬるりと犬が通っていく。
あれは、生きている犬なのか。
こんなところを生きている犬が通れるものなのか。
そんな中を逆走しようとする人々がいる。
無理やり通ろうとする逆走人と、道を開けられない人の間で小競り合いが起きる。
しばらくすると静かになる。
逆走しようとした人がどうなったかは知らない。
少なくとも、最初は見えていた頭が見えなくなる。
日本人で固まっておいて良かった。
日本語でブツブツ言うと、それなりに日本語が帰ってくる。
振り返ることができないので、確認しにくいが、だいたい、あの人がいる、と安心する。
ハニツィオ島が、ツアーの初日でなくて良かった。
仲間達、だいたい、だれか判別できる。
もう、私にできることはない。
とにかく転ばないことだけに集中して、
時々起こる波に乗って前に進む。
ラテン系、体幹がすごいのか、意外と押しくらまんじゅうの連続でも、安定している。
ちょっと早く墓地を開けてくれたようで、
少しずつ進めるようになる。
墓地の前に到着。

やや隙間が空いて、昭和から令和の満員電車程度になる。
時代が進んだ。
墓地のゲートが、開いたはずなのに閉まっている。
入場制限をしているらしい。
仲間達と固まって入りたい。
ここで誰がいるか確認、人数確認をする。
ゲートが開くが、人数を言うと通してもらえない。
しびれを切らしたラテン系が、また、入れろ!わっしょいわっしょいする。
推されて耐えかねたふりをして、
混乱に乗じて警備員を押しのけて入場。
最後の最後に、わっしょいに救われる。
生きて墓地にたどり着いたことに感謝する。
(?ちょっと意味わからんけど、真実な言葉)
ハニツィオ島で、リメンバーミーし辛い
墓地に入ると、完全に別世界。
結構暗くて、しばらく足元が見えづらい。
灯は、基本的にろうそくのみ。
全体的に、これまでに比べると人はばらけている。
しかし、殆ど1本しかない通路は、人でぎっしり。

ガイドから、事前に、日本のお墓やお盆とは感覚が違う。
死者を迎えて、徹夜で一緒に遊ぶ日だ、と聞いていた。
それで、写真とかもオッケーなんだ~と思っていたが、
実際に、家のお墓の前で夜を明かす家族は、皆、静か。
遊んでいるようには見えない。
語り合う、といった感じ。
これは、写真を撮っても良いものか、気が引ける。
しかし、かなりのお金と時間、おしくらまんじゅうを乗り越えてたどり着いたという欲が、
写真を撮らせた。
死者と語らい、静かに過ごす家族、
その周囲を取り囲む、世界中からの観光客。
地獄のようなオーバーツーリズムの象徴だな、と思う。
そして、私もそのうちの一人で、自分の言い訳を笠に着て写真などを撮る。
ふと前を見ると、家族のいない墓石の上を観光客が歩いていく。
多分、飾りがないし、暗くて見えていない。
本当に、上手く言えないが、ろくでもない。

墓地の入場料などを設定してほしい。
いや、それもおかしいか。
本来、超個人的な儀式の場であるから。
逆に、観光客ウェルカムの表出になるのか。
しかし、これだけ場を乱されたなら、余りあるほどの、せめて金銭的な恩恵は受けてもらいたい。
金銭で埋め合わせようと思うあたり、
やはり、かなりの罪悪感があるのだろうな、など自己を振り返る。
不謹慎と思うのが、日本的な感覚なのか、人類共通の感覚なのか分からない。
不謹慎と思うこと自体が、間違っているのかもしれない。
ただ、門に入るまでは、あれだけ騒いでいた観光客が、
墓地の中では、叫ぶことも笑い声をあげることもなく過ごしていた。

墓地の中には、チップで写真に写る、死者の日メイクのパフォーマーや、
チップをねだる子供たちがいる。
この辺りは、現地の人々の息吹を感じて、少し安心した。
命からがら~一難去って、また一難
本当に、もやもやと自己嫌悪しながら、墓地を後にする。
余裕と思われた時間も、もう無くなっていた。
やや急ぎながら、階段を下る。
お土産を見て回ることは、頭からすっかり消えていた。
(後で、爆裂に後悔する)

メインストリートまで戻る。
恐らく、島をほぼ一周、ぐるりと回る道があって、
途中で、海の方に下る階段があちこちにある。
最初の通った道、結構気を付けてお店など見ていたが、
いざ行ってみると、どの階段を利用したか分からない。
どこもかしこも、お土産、カフェ、死者の日の飾りで、似ている。
グーグルマップも、全然役に立たない。
道が全然反映されていない。
仕方がないので、それらしき階段を下りる。
港にたどり着く。
着いた着いた、と喜ぶが、他の仲間がいない。
なんとなく違うが、右に回るべきか左に回るべきか分からない。
ぐるぐる回っていると、他の仲間に会う。
そちらも、多分、違う、
迷っているんじゃないかと言う。
着いた港が結構大きかったので、
港は一つだと思い込んでいたが、複数あるのでは、と思いつく。
ぐるぐる回っても一向に解決しないし、
人が多いせいもあって、グーグルマップは機能しない。
そもそも、港が一つと思い込んでいたので、着いた港が分からない。

(多分、〇の港が正解で、△の辺りでウロウロしていた)
こういう時は、リロードするしかない。
また階段を上って、メインストリートに戻る。
反時計回りにメインストリートを回って、
それまでに怪しい階段はなかったはず。
再び、反時計回りに進むことにする。
これが、時計回りが正解だったら、もうアウトである。
幸い、次の次あたりの階段で、どんぴしゃのものがある。
正解がわかると、明らかにさっきの階段は間違っていた。
だけど、間違っている間は、正しいことに気が付かないものである。
正しい港に、何とか到着。
生き別れていた仲間とガイドにも再会できた。

一安心である。
はーやれやれ。
犬のように、ごろりと横になる。
素敵なお土産をゲットした仲間がいた。
アルパカの干物の話をしていたので、
親切に、アルパカの干物があったことを教えてくれた。
!!なんということでしょう!!
この瞬間まで、アルパカの干物のことを忘れていた。
激しい自己嫌悪、再びである。
いや、別に買わんけど、見たかった。
しばらく待つが、何人かは行方不明。
今回は、仕方がない。
事故が起きた様子もないし、迷っているんだろう。
添乗員が残って、連れて帰ると。
我々は、ガイドとともにホテルの帰ることに。
(添乗員は、大変な仕事である。)
港も激込み。
とはいえ、今までを考えると、並んでいる分、安心である。
行列って、良いものですね・・・。

ものすごく素敵な髪形の女子に会う。
写真を撮らせてくれて、ポーズまでとってくれる。
どうなっているのか知りたかったが、
そこまで言語能力も、コミュニケーションも高くない。
船に乗り込んで、あっけなく、さよならハニツィオ島。
良く分からないままに終わった感じ。

(アップしてみると、港に無数の人影が写っている)
パックアロの港から、再び30分かけてホテルまで歩く。
パックアロも、死者の日で盛り上がっている。
民家では、バーベキューをしていたり、
露店があったり、酔っ払いがふらふらしている。

ゴキゲン極まりない、ガイコツなどを眺めながら進む。
ホテルに着いた時には、恐らくまた24時超えていた。
まだまだ、パックアロからハニツィオ島に船が向かっている。
これから一晩かけて、観光客が島に押し寄せ、盛り上がるそう。
事故が起こらなければ良いが、と思いながら眠りについた。
ハニツィオ島で考えた
恐らく、死者の日のハニツィオ島には、二度と行かない。
戦争遺産等の、明らかな負の遺産とは異なる観光地で、
こんな、うっすらした自己嫌悪と、明確な命の危険を感じた場所は、
ハニツィオ島で二か所目である。
一つ目は、エアーズロック、ウルル。
今となっては恥ずかしいことだが、ウルルに登頂したことがある。
ウルル登頂は、先住民にとっては、
日本でいうと、奈良の大仏なんかに杭を打たれて、続々と観光客が登り、
挙句の果ては転落死が相次いでいた。
そんな感覚だったのではないか。
実際に登って、これは転落しても全く不思議ではない、という箇所が存在した。
平和等祈るべき大仏から、人が転落死したら、大多数の日本人は不愉快も良いところだろう。
あれは、登頂禁止になって良かった場所と思う。
登った人間が言っても、全く説得力がないが。
あの時に感じた、微妙なもやもやが激しくよみがえった。
共通点をあえて考えてみると、
自分が、信仰の対象に、(恐らく)現地の人が望まない方向性で立ち入り、
そのような場所で、死亡や障害事故を起こす(危険性が高い)行為に加担した、
ということだろうか。
今回は、事前にハニツィオ島がひどい状況になっている情報は全くなく、
(事前に結構調べた範囲では、全くオーバーツーリズムの情報はでなかった)
行ってみたら巻き込まれた、という観光客がほとんどだろう。
実際には、まだ事故は起きていない。
もしかすると、これからも起こらないのかもしれない。
(メキシコ人、異常に体幹強かった)
しかし、著しいオーバーツーリズムである上に、
全く対策がとられていない。
観光客、完全に野良。
野良は、何するか分からないし、危険に陥る可能性も高い。
道を一方通行に整理する。
道を一本に絞って、他の道から流入できないようにする。
賛否あるだろうが、観光客は、墓地を有料にする。
賛否ありだろうが、観光用の、死者の日のデコレーションを、
死者の人とは別日に行う。
これだけでも、だいぶん安全性が高まると思う。
もちろん、警備員の増員や交通整理など人間ができると良いが、
多分、上手にできるうえに、言うこと聞く国民は、世界でも稀。
失礼ながら、現地で適切な警備はできるとは思えない。
構造を整える道が、最も現実的かと思う。
今回の現地での対策は、むやみに墓地の入場制限をしていたのみ。
しかも、墓地を開ける時間も、二転三転して、人々をイラつかせていた。
道中に視認した警備員は、4名のみ。
誘導や安全配慮の概念はゼロ。
国民性も多分にあるだろうし、
思えば、将棋倒しの事故は、大きいものは韓国と日本でしか聞いたことがないので
(単に、近隣国だから耳に入ったのかも)
全く頭にないのかもしれない。
もしくは、デモや暴動時に、死者がでるのは中ば当たり前なので、
今回のような喧噪で死者がでることは、折込済なのかもしれない。
死者やけが人、人がたくさんだから仕方ないよね、くらいの認識なのかもしれない。
今回、ガイドも、死者の日のハニツィオ島、初めて、分からないと言っていた。
ガイドがいるから安心、は大前提ではあるが、
どれほど優秀なガイドでも、必ず初めてがある。
ましてや、ここ数年で急激に流行り始めて、
年々、状況が変化している観光地である。
ご主人がいるから安心、と、メェメェと従順な羊のように、
何も考えずに後をついて行ってはいけない。
今回のハニツィオ島で、ガイドに期待できたことといえば、
現実的には、事故に巻き込まれて死亡等したときに、
身元確認をスムーズに行ってほしい、程度のことか。
結局、自分の命の責任は、自分にしか取れないことが身に染みた。
ハニツィオ島でやり残したことはたくさんあるので、
(島の、ほんのちょぴっとしか回ってない。
アルパカの干物も見てない)
行くとしたら、死者の日ではない日かな、と思う。
